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2013-03-23 (土曜日)

塩谷の皆さん、おめでとうございます!


うれしいニュースが届きました。

小樽雪あかりの路15「雪とあかりのオブジェコンテスト」で、
塩谷会場(塩谷雪あかりの路実行委員会)が「小樽雪あかり賞」に輝きました。

塩谷の皆さん、2年連続の最高賞受賞おめでとうございます!!


     ☆

そして。
今年も小樽雪あかりの路15「愛のフォトコンテスト」で入賞された
webmistressさんの『小樽散歩』へのリンクです。

 塩谷会場は感動的だった (2013.2.10)
 写真 = 写心 → 伝心 (2013.3.16)

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2012-02-21 (火曜日)

塩谷からの手紙



塩谷雪あかりの路実行委員会から、私あてにもごあいさつの手紙を
いただきました。どうもありがとうございます。

塩谷会場の様子は、当日、小樽から画像と動画を送信しましたが、
今年もまた、少し時間をかけて、塩谷日記をまとめたいと思っています。

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2012-02-05 (日曜日)

塩谷会場の動画

塩谷会場の動画をYouTubeに載せました。

http://bit.ly/zYKHUr

http://bit.ly/wLpN4W

です。

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2012-02-05 (日曜日)

塩谷のあかり


今年も塩谷会場に行きました。
雪を積み上げた展望台からの眺めが見事!

 ※ 2012.3.14 上の画像から大きい画像にリンクしました。

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2011-02-21 (月曜日)

塩谷日記 雪あかりの路 2011


塩谷の海を見下ろすゴロダの丘。
伊藤整文学碑広場と冬木立の中のあかりは、眼を見張り息をのみ、
立ち尽くして涙がにじむほど美しい光景でした。

雪あかりの路に毎年通って13年になりますが、
こんなに美しいあかりを見るのは初めてでした。

塩谷の皆さんに心からのお礼の気持ちをこめて、2月6日・7日の塩谷日記です。

 
2月6日、午後1時前にJR小樽駅に着いて、バスで塩谷に向かいました。


塩谷海岸バス停で撮った最初の画像です。海も、少し融けた手前の雪も
キラキラ光っていました。向こうに見える「北ホテル」(小樽迎浜館)がこの日の宿です。



去年11月、ここでお昼を食べた時に、塩谷中に電話して雪あかりの日程を教えていただいて、
休みがとれるか確認して電話しますからと、予約をお願いしておきました。

部屋に荷物を置いて、レストランで軽く食べて、歩いてゴロダの丘に向かいました。

 

ゴロダの丘の会場に着くと点火が始まっていました。

文学碑の前のあかりは去年よりもずっと多くなっていました。
去年ここでお会いした方々の姿を見つけて、少し話しました。
文学碑のあかりは、船と岩と魚のうろこを表したもので、塩谷にふさわしく、
漁の網も飾ったと教えていただきました。

伊藤整作詞の塩谷小学校校歌を印刷したシートが、入場記念品として
一枚一枚きれいにラミネートされて文学碑の前に置かれていました。

前日の開会式では、地元の子どもたちがここで校歌を歌い、伊藤整の詩の
朗読があるとお聞きしたのですが、早くから決めていた日程が変更できず残念でした。



「周辺を散策できるスケールの大きなコースも作りました」と、塩谷のかもめさんが
コメントで書いてくださったコースも楽しみでした。
あかりがともり始めた散策コースに入り、あたりが暗くなるにつれてだんだん変わっていく
あかりの光景を楽しむことにしました。

 


 
「雪あかりの路」の名前の元になった伊藤整の詩集『雪明りの路』。
その伊藤整が若い詩人の時代を送ったふるさと塩谷。
塩谷は、雪あかりの路の原点と言えると思います。

文学碑のあかりは造形に凝って奇をてらったものではなくて、
この塩谷だからこそというものでした。
散策コースは、林の中にただ点々と素朴なあかりを配置したのではなくて、
よく考えられたコースにひとつひとつ丁寧に作り上げられたあかりが
ともっていたのでした。

2日間のあかりに塩谷の皆さんの誇りと心意気がこめられていて、それが
旅行者の私に大きな感動を与えてくれたのだと思います。
 

          ☆
 

散策コースを歩いていた時、私を探し当てて下さった方がいました。
地元の竹田保弘さんでした。

塩谷中の先代の杉山校長先生を通じたご縁で、竹田さんには、一昨年
『ゴロダの丘-文学碑に関する資料集-』を送っていだだきましたが、直接お会いするのは
この時が初めてでした。

そして、なんと、竹田さんが手書きでまとめられた
『旧小樽市中学校創立期の人びととその周辺』をいただきました。


小樽市中学校の大正14年の『当直通知簿』の写しも収録されています。
そこに伊藤整の名前をみつけて発表されたのが竹田さんです。

文学碑広場でたき火にあたりながら、竹田さんからお話をお聞きしました。

私からは、若き日の伊藤整と北見恂吉がこの丘に寝転んで文学を語り合ったという話を、
以前、最上町の喫茶店で聞いたことなどをお話しました。

          ☆

その後、文学碑広場のあずまやで、今回も地元の皆さんと楽しい時間を過ごすことができました。
今日の記念にと、文学碑のあかりのデザインのイラストもいただきました。

翌日の午前中に、皆さんが後片付けに集まるということを耳にして、その時にまた来てみようと思いながら、いったん迎浜館に戻りました。

 
夕食は、去年教えていただいた輝楽飯店でした。
迎浜館の上の国道の交差点から輝楽飯店までは、1kmほどです。
ホテルから歩くのは初めてでしたが、無事往復できました。


          ☆

翌2月7日、


道新の朝刊題字下の天気予報には、
「冬型の気圧配置に戻る。日本海側は雪でふぶく所も。」と書いてありました。
窓の外の塩谷の海に雪が降り続いています。
 
 
 
もう一度ゴロダの丘に登って、その後、塩谷中学校を訪ねました。


塩谷中から小樽環状線を歩いて戻って、ゴロダの丘歩道橋のあたりに来たころから吹雪になって、
国道の交差点から海岸のホテルに下りる坂道は、前も後ろも見えないくらいでした。
道新の天気予報が大当たりでした。
 
 

ホテルに戻って、塩谷海岸バス停から次の次のバスに乗ることにして、
ゆっくりコーヒーを飲みながら、twitter でちょっとつぶやきました。


すると、数分後に、
「@sfujino お疲れ様です。聞こえるのが天国の音楽じゃなくて良かったですね!」と
絶妙な返信が返ってきました。
 

          ☆
 



一昨年の小学校の会場から数えて3回目の塩谷雪あかりの路でした。
今年の美しい光景は長く私の記憶に残ることと思います。

塩谷の皆さん、今年もありがとうございました。
またいつか、機会をつくってお伺いします。

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2011-02-12 (土曜日)

塩谷のあかり~点火のころ

思わず、「きれいですね、こんな美しい雪あかり見たことないです」
と声をかけてしまったくらい ―― と、地元小樽の webmistress さんも
コメントで書いてくださったほど、塩谷のあかりは感動的でした!

少し時間をとって、当日の光景を思い浮かべながら、画像を選んで
ゆっくり書きたいと思っています。

とりあえず今日は、点火のころにケータイで写した画像です。

やがてこのあかりが、眼を見張り息をのむほど美しくなっていったのでした。

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2011-02-11 (金曜日)

雪あかりの塩谷から、最上町→梅ヶ枝町へつながりました

美しく感動的だった塩谷の雪あかりの路を振り返りながら、今年の滞在記も
「塩谷日記」から書き始めたいと思いましたが、最上のカネサ珈琲に行った
時のことを先に書きます。

今回の小樽滞在最終日の一昨日、最上のカネサ珈琲に行って、マスターの
佐藤さんご夫妻やカウンターの方々と話しながら、コーヒーとケーキと
アールグレイで1時間ほど楽しく過ごしました。

デジカメのモニターで塩谷の雪あかりの路の画像を見てもらいながら、
今年は去年にまして大変素晴らしかったことを話しました。
マスターの佐藤さんが「塩谷の会長さんがよくここに見えるから、今度伝えて
おきます。喜んでくれますよ。」と言われました。

それから、いろいろ経過があって前日に梅ヶ枝町の野藤坂に行ってみたこと、
石碑が無かったことも話しました。

   ☆

今日のお昼過ぎ、塩谷の大竹秀文さんからメールが届きました。

昨日カネサ珈琲に行って、私が塩谷の雪あかりの路を訪ねた話題で大いに
盛り上がった、と書いてくださいました。
そして、野藤坂の石碑のことを聞いたので、さっそく梅ヶ枝町の方に問い合わせみたと、
なんと、その途中経過を知らせてくださいました。

思えば、私は塩谷の伊藤整文学碑前で、大竹さんにお会いしていたのでした。
(ここに大竹さんのお名前を書くことは、先ほどご了解をいただきました。
 どうもありがとうございました。)



  塩谷の伊藤整文学碑、最上のカネサ珈琲、梅ヶ枝町の野藤坂です。

今回の滞在中に訪ねた3つの場所がつながりました。
小樽を訪ねて、今までも偶然の出会いやつながりがありましたが、今回は特に
不思議な「縁」を感じています。


大竹さんに教えていただいた野藤坂の石碑のことは、最初の記事に書き加えることにしました。
「消えた石碑」の記事の続き です。

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2011-02-07 (月曜日)

塩谷の朝です

北ホテル(小樽迎浜館)で朝を迎えました。
今、塩谷の海に雪が舞うのを眺めながら朝食です。
道新1面の天気らんは、
今日は冬型の気圧配置に戻って、日本海側は雪、ふぶく所も、との予報です。



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2011-02-06 (日曜日)

塩谷のあかりは冬木立のなかに

雪あかりの路塩谷会場に行きました。
今年は、伊藤整の文学碑を囲む冬木立の中にも
美しいあかりがともりました。



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2011-02-06 (日曜日)

雪の北ホテル

塩谷の小樽迎浜館に着きました。
今夜はここに泊まります。



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2011-01-13 (木曜日)

塩谷の海へ


昨年11月の画像です。

西の海原の向こうへ、と気取ってみたいところですが ...
西は、次回もここまでになりそうです。:-)

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2011-01-01 (土曜日)

ゴロダの丘の冬木立


 昨年11月18日、伊藤整文学碑を訪ねた時の画像です。
 今年も、雪のゴロダの丘に登ってみたいと思っています。

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2010-02-21 (日曜日)

塩谷日記 雪あかりの路


小樽雪あかりの路塩谷会場を訪ねました。
2010年2月7日、8日の塩谷日記です。

 

2月7日正午少し前にJR小樽駅に着いて、昼食の後、2時過ぎに本局前バス停から塩谷に向かいました。



今回は北ホテル(小樽迎浜館)に1泊します。
雪あかりの路塩谷会場の日程は、昨年12月に小樽を訪ねた頃には発表されていましたので、
その時に電話で予約を済ませていました。


ホテルに荷物を置いて、国道を渡ってゴロダの丘に登りました。
伊藤整文学碑前にあかりがともるのは、前日の土曜日とこの日の2日間だけの日程でした。


土曜日は午後から物凄い吹雪になって、海から直接ゴロダの丘に風が吹き付けて、
風上に向かうと息ができないくらいだったそうです。
そのため、雪あかりの準備は不十分な状態で中途で終了せざるをえなくなった、と
塩谷中の校長先生からメールでお聞きしていました。


ところが、ゴロダの丘に登ると、もう文学碑前に会場ができあがっていて、
地元の方々が点火の準備をされていました。

短い時間でこれだけ見事に作りあげるのは大変だったと思います。
文学碑前のアイスキャンドルは塩谷川の水を何度も汲んで作った、と教えていただきました。
 


点火が進むと、文学碑前で写真を撮ろうということになって、私も入れていただきました。
いい記念になりました。

     ☆

あずまやの前でたき火で暖をとりながら、地元の方々といろいろお話ができました。
その中のお一人が私の夕食のタイミングを心配されて、「食事ができるところが少ないから」と、
車で送りましょうと言ってくださいました。

もう少し文学碑前のあかりを楽しんでからでもいいかな、とも思ったのですが
ご好意に甘えることにしました。


途中、塩谷小学校に寄っていただきました。
塩谷小は、昨年2月、私が初めて塩谷の雪あかりを見に来た会場です。

こども達も加わって、ちょうど点火が始まったところでした。


この先に蕎麦屋もあるけれど、そこ(両国)はかなり遠いからと、輝楽飯店に連れていって
いただきました。
夕方の営業時間まで少し時間があったので、その間に近くを歩いてみることにしました。


高橋医院前の池に浮き玉キャンドルがありました。
こうしてあかりを訪ねながら、2月の塩谷を歩く気分は格別でした。


食事が済んで、もう一度塩谷小に行ってみようと国道から左に入って歩いていると、
後ろから車が来て「乗りませんか」と言われました。
先ほど文学碑前で会った地元の方でした。

塩谷小に着くと、もうあかりはおしまいで、先生が撤収の作業をしていました。
そうか。塩谷小が早めに終わるので、食事の前に連れてきてくれたのか、と
気がつきました。

再びゴロダの丘に戻りました。


2010年2月7日、雪明りとキャンドルのあかりに浮かぶ塩谷の伊藤整文学碑です。


たき火を囲んで、温かい飲み物も頂きながら、皆さんと楽しく過ごしました。
私の住む松戸で昔仕事をされたことのある方や、こちらに知り合いがいるという方とも
お話できました。

しばらくして、実行委員会の役員の方々や新旧のPTAの役員さんのスピーチをお聞き
したところで、ゴロダの丘を離れました。


ホテルへの帰路、ゴロダの丘から国道に下りるスロープにもあかりがともっていて、
足元を照らしてくれました。

いい夜でした。

     ☆

2日8日。


ホテルの部屋と2階のバーから眺めた塩谷の海です。

前夜、「波の音で眠れないかもしれませんよ」とホテルの人が言ってくれましたが、
ぐっすり眠れました。
ロビーにはテレビの火曜サスペンス『北ホテル』の台本や出演者たちの色紙もありました。


小樽駅前行きのバスの時間を確認し、ホテルに荷物を置いて、塩谷中学校に向かいました。


この日の塩谷の海と、国道の向こう、歩いてゴロダの丘に登る道の様子です


去年9月、伍助沢を歩きましたが、今度は道道956号小樽環状線を国道側から歩いて、
塩谷中に校長先生と教頭先生をお訪ねしました。


塩谷中の校長先生は、去年2月、塩谷小の雪あかりの路会場で私に声をかけてくださった方です。
今回、地元の実行委員会の皆さんに私を紹介してくださったのも塩谷中の校長先生でした。
この日はそのお礼と塩谷を離れるご挨拶ができました。前夜お世話になった教頭先生にも
会えました。



塩谷中から戻って、今度は歩道橋を渡ってゴロダの丘へ。



前夜ここで会った方々が撤収の作業をされていました。
文学碑の前も片付けが済んでいて、碑の文字に触れることができました。

    ☆

先日、塩谷雪あかりの路実行委員会委員長の高橋昭三さんが、コメントで、
『「地域の高齢化が進む中、子ども達を主役に住民同士が連帯感を持ちたい。そして 
見た目の明るさではない。心の明るさ、温かさを感じる雪あかりにしたい」との願いを込め ...』
と書いてくださいました。

塩谷のあかりはその願いのとおりの温かく美しいものでした。
塩谷の皆さん、どうもありがとうございました。

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2010-02-08 (月曜日)

塩谷の朝

おはようございます。
塩谷で朝を迎えました。

  ♪ 窓の外には遠く水鳥が飛び交い、
   雲は低く流れて......

雪は、降っていません :-)


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2010-02-07 (日曜日)

塩谷あかりロード

高橋医院前の池には
浮き玉キャンドルが浮かんでいます。


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2010-02-07 (日曜日)

塩谷小学校にあかりが

今年も塩谷小学校にあかりがともっています。


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2010-02-07 (日曜日)

小樽雪あかりの路塩谷会場

伊藤整文学碑前に、あかりがともりました。


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2009-12-17 (木曜日)

語らずとも 心に小樽

『ゴロダの丘-文学碑に関する資料集-』の竹田保弘先生に資料のお礼の
手紙を差し上げたら、先生から直接ご返信をいただきました。

これから郵便局に行って差し出します、と書かれていて、封筒には
塩谷郵便局の風景印がありました。風景印には伊藤整文学碑が描かれて
いて、ぶどうの絵や塩谷の浜や、塩谷丸山でしょうか、文学碑を囲むように
載っていました。

竹田先生がまとめられた小樽雪あかりの路のイベントの資料もありました。
願う会の講演会レジュメにも『ゴロダの丘』の資料にも引用されていた、あの
「人生は深き縁の不思議な出会いだ」の言葉とともに、「2月の雪あかりの路
塩谷会場での杉山校長との出会いが... 不思議なご縁だったのですね。」と
書いてくださいました。

先日 google の検索でみつけた asahi.com マイタウンの実際の記事の
コピーもいただきました。
朝日新聞(道内版)は11月13日付、道新(小樽後志版)は11月23日付でした。

たくさんの資料の中に、道新の「ざっくばらん」に載った伊藤整の二男、礼さん
の記事がありました。

父伊藤整について語ったその記事の見出しは、「語らずとも 心に小樽」でした。

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2009-12-16 (水曜日)

竹田保弘先生の『ゴロダの丘-文学碑に関する資料集-』

講演会資料に続いて、12月5日に、塩谷中の校長先生から
『ゴロダの丘-文学碑に関する資料集-』が届きました。
講演会の講師をされた塩谷の竹田保弘先生が今年11月15日に
発行されたものでした。



資料集はA3版30ページ以上にわたる膨大なもので、全部読みきれないままでは
失礼と思いましたが、とりあえずお礼を兼ねて少し書いてみます。


資料の中には、伊藤整自身が文学碑のために書いた最初の原稿や、碑の
デザインの希望を伝えた手紙も収録されていました。また、文学碑完成の
時の様子や、現在の場所に移設された時の新聞記事も読むことができました。

今、竹田先生がお住まいの場所は、かつて伊藤整の父昌整が自分たち
家族が住む計画で買い求めた土地だったことも書かれていて、
『「人生は深き縁の不思議な出合いだ」(坂村真民)』と書き添えられていました。

     ☆

資料が届いた日に、google で「塩谷 竹田保弘さん」と検索したら、
2つみつかりました。(その後、現在はこのブログも出てきます。)

そのうちのひとつは、小樽市のホームページでした。
  おたる文学散歩 第1話 伍助沢分教場跡(伊藤整)

今年9月8日、道道956号小樽環状線を歩いて塩谷中学校を訪ねた途中で
みつけた、あの「塩谷小学校伍助沢分教場跡」の標柱を再建されたのが、
竹田先生でした。

検索でヒットしたもうひとつの記事は、asahi.com マイタイウン北海道の
『丘の碑、作家と友の記憶』でした。

今は asahi.com のサイトにその記事はありませんが、google のキャッシュを
開いたら、まさに、この資料集の発行を伝える記事でした。
そして、発行日の今年11月15日は、伊藤整没後40年の命日なのでした。

     ☆

竹田先生に資料集のお礼と少し自己紹介の手紙をお送りしたところ、
一昨日、ひと足早いクリスマスプレゼントのような嬉しいお返事を
いただきました。竹田先生、どうもありがとうございました。

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2009-12-09 (水曜日)

塩谷の講演会資料をいただきました

今年9月、小樽市立塩谷中学校の校長先生にお会いした時に、
近く伊藤整に関する講演会が開催されますから、あとで資料を送りましょう、と
言ってくださいました。

私が千葉に戻って間もなく、講演会の資料が届きました。



校長先生のお手紙とレジュメによると、平成21年度塩谷地区『子どものすこやか
な成長を願う会』の講演会で、講師は竹田保弘さん。演題は「伊藤整とその周辺
の人々」でした。
当日は主に伊藤整の父母についてのお話があり、貴重な資料も展示されたそうです。

いただいた資料は、伊藤整・小林多喜二・石川啄木の三人とそれぞれの父母の
年譜が対比して読める素晴らしいものでした。

 
年譜を読み比べると、こんなことがわかりました。

幌内鉄道手宮ー札幌間が開通したのが明治10年。*1 *2 それから十年目の明治19年、
北海道庁が設置された年に石川啄木が生まれ、小林多喜二の両親が結婚。
その二年後の明治21年には伊藤整の父伊藤昌整が満16歳で小学校尋常科教員の
資格をとっています。

小樽運河が完成した翌年の大正13年に、小林多喜二は小樽高商を卒業し拓銀に就職。
約半年後に、「運命的出会い」とノーマ・フィールドさんが書いた田口瀧子(タキ)と
出会いました。田口タキは2年後の大正15年に小樽を去ります。

伊藤整の詩集『雪明りの路』が刊行されたのは、その大正15年12月のことでした。


資料の伊藤整のらんを見ると、
伊藤整の父伊藤昌整は、明治34年の白神尋常小学校代用教員を経て、明治39年の
ところに「伍助沢簡易教育所」の記述がありました。これが塩谷小学校伍助沢分教場の
前身でしょうか。

それより前には、伊藤昌整が北海道の地を踏む前の明治24年12月、「教員をやめ
千葉県国府台の陸軍教導団へ」とありました。

     ☆

国府台(こうのだい)は現在の市川市で、私のところの隣りの市です。国立国府台病院が
あって、私が小学校一年の夏、バスに乗って診察を受けに行った記憶があります。
伊藤整の父親の足跡が近くにあったことを今回の年譜で初めて知りました。
その後ネットで調べたら、国立国府台病院の場所が陸軍教導団があった場所なのでした。

     ☆

レジュメのご経歴を読むと、講師の竹田保弘さんは、忍路中・末広中・長橋中で
教員生活をされたとのことですので、竹田先生のお教えを受けた方が小樽市内に
たくさんいらっしゃることと思います。


先週土曜日に再び、竹田先生がまとめられた大変貴重な資料をいただきました。
もう少し読み進めてから書いてみたいと思います。

*1 講演会資料の明治10年のらんに「11.28幌内鉄道手宮ー札幌間開始」と書かれています。

*2 その後、講演会を主催された塩谷地区『子どものすこやかな成長を願う会』事務局から、誤植です、と
  コメントでご連絡をいただきました。

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2009-10-24 (土曜日)

塩谷の海、北ホテル


 9月8日。塩谷海岸の様子です。


迎浜館のレストランで3年ぶりのシーフードパスタ。
懐かしく美味しい昼食でした。


バスを待つ間、海を眺めて過ごすことも、
ふだん得られない、かけがえのない時間でした。


  p.s. この際、自分の写真も ちらっ と。:-)

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2009-10-23 (金曜日)

再びゴロダの丘へ



9月8日、伊藤整文学碑から塩谷の海を眺めました。
初めてここに来た時から3年。
懐かしい光景でした。

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2009-10-22 (木曜日)

塩谷、停車場の坂



9月8日、塩谷中の校長先生に塩谷小へ連れて行っていただいた時に、
駅前に回って、徳源寺に下りる道を通ってくださいました。

伊藤整が歩いたこの坂は、かつて「停車場の坂」と呼ばれた、と
小樽市のサイトに載っていました。

またいつか、今度は駅に向かって歩いてみたいと思っています。

 (リンクです。)
 「おたる坂まち散歩」 第47話 停車場の坂〈前編〉徳源寺 (小樽市)


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2009-10-21 (水曜日)

塩谷小学校、雪あかりの路会場の記憶

体育館で校歌の歌詞を見せていただいた小樽市立塩谷小学校。
今年2月14日、ここにあかりが点っていました。




9月8日、階段下に花が咲き、ナップランドを背負った子供たちの姿がありました。

 

2月14日の私です。
あの日の楽しかった記憶が戻ってきました。

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2009-10-14 (水曜日)

丸山に朝日さすとき 友さそい小川のほとり



「塩谷小の校歌は伊藤整が作詞したんですよ。5番まである校歌は珍しいと
思います。
体育館に掲示してありますから、これから行ってみましょうか。」 と、
塩谷中の校長先生が車で連れてきてくださいました。

  (画像)小樽市立塩谷小学校校歌 です。

『作詞 伊藤整』の文字は特に目立つ大きさでもなくて、そこに書かれている
ことが自然で当然の光景のように見えました。

ああ、ここは塩谷なのだ、伊藤整は塩谷の人なのだとあらためて思いが至って、
少し胸がつまりました。

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2009-10-13 (火曜日)

小樽市立塩谷中学校を訪ねました


9月8日、塩谷中学校を訪ねて校長先生にお会いできました。
2月の小樽雪あかりの路塩谷会場で出会って以来の嬉しい再会でした。

もしお留守だったらブログのカードを置いてまた次回に期待、のつもりでしたが
幸いご在校で、お忙しい中を時間をさいてくださいました。

 
校長室に案内されて再会のご挨拶をすると、取り次いでくださった先生が
(教頭先生でしたでしょうか)「そうだと思いました」と言われました。
塩谷小の雪あかり会場で千葉から来た雪あかりのファンと出会った、と
校長先生が2月の全校朝会で話してくださったのです。感激でした!

丸山に生徒みんなで登ったことや、今までに携わって来られたお仕事のお話などを
お聞きできました。

そして、校内を案内していただいて、昔の塩谷の浜の写真や、校門を建てた時の
様子などを見ることができました。

廊下の突き当たりから栗の木が見えました。

伊藤整に関する講演会が、近々、塩谷地区の『子どものすこやかな成長を願う会』の
主催で開かれることもお聞きしました。この団体の名前は、2月の雪あかりの路の
会場一覧表で見た記憶がありました。
そして、あとで講演会の資料を送りましょうと言ってくださいました。



   校舎を出ると、グランドの向こうに青空と白い雲、丸山が。

この日の塩谷中の真っ白な校標板とヒマワリの花が記憶に残っています。

あれからもうひと月以上が過ぎました。
今頃は塩谷も秋の色が濃くなっているのでしょうか。
是非また、塩谷を歩いてみたいと思っています。

   ☆

「校長先生、お忙しい中を本当にありがとうございました」とお礼を言って
塩谷中を出ようと思ったのですが、なんと ...!

 (9月の『塩谷日記』、もう少し続きます。)

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2009-10-07 (水曜日)

小樽環状線を行く (完) ふりむけば塩谷丸山


北海道道956号小樽環状線塩谷2丁目。
向こう側に渡ったら、信号の下に懐かしい文字が。 少し戻って、もう1枚写しました。



 橋の名前はゴロダ橋、ふりむけば塩谷丸山。

 目指す塩谷中学校はもうすぐ。

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2009-10-06 (火曜日)

小樽環状線を行く (6) 塩谷川橋から


塩谷駅を過ぎて、橋の上から川を眺めました。
「せせらぎ」という言葉があったのを突然思い出しました。
橋の名前を見たら、塩谷川橋。

手前の(塩谷駅寄りの)もうひとつの橋は撮り逃がしました。

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2009-10-04 (日曜日)

小樽環状線を行く (5) 塩谷駅を通過


最上町バス停から歩き始めて、塩谷駅までで約1時間30分でした。

この日は、楽しみにしていた中学校を訪ねましたが、そのまま下りて行けば、
環状線終点の国道までで2時間ぐらいだったでしょうか。
季節と天気を選べば、本当におすすめのウォーキングルートだと思います。

でも ――、
観光で来る人は時間を惜しむでしょうし、
時間のある地元の方は... 歩かないですか。 :-)

       ☆

hkotsw さんのブログに、今年8月の塩谷駅の写真がたくさん載っていました。
  すてきな空間・すてきな時間: 塩谷駅をゆく

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2009-09-08 (火曜日)

今日のお昼は北ホテル



塩谷中からいくつか回って、
北ホテル・小樽迎浜館でお昼です。

帰りはバスにします :-)

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2009-09-08 (火曜日)

塩谷中学校、再会



小樽市立塩谷中学校を訪ねました。

今年2月、雪あかりの路塩谷会場でお会いした
校長先生に再会できました!
(続きはまた後ほど。)

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2009-02-14 (土曜日)

塩谷の雪あかり



小樽雪あかりの路「伊藤整ゆかりの地・塩谷会場」へ行きました。
いやぁ~、楽しかったです!!
あとでゆっくり続きを書きます。


(2009.2.16 追記)
今回、小樽雪あかりの路へ出かける前から、一番楽しみにしていたのが
塩谷会場でした。

一度見てみたいと思っていた伊藤整文学碑を私が初めて訪ねたのが2006年の
11月のことでした。その時、いつかこの文学碑のまわりにあかりがともる時
が来るかな、と想像していました。

ですから、小樽に着いて、市の観光振興室に電話して塩谷会場の場所が
ゴロダの丘の文学碑前ではないことを聞いた時は、実は、少し残念な
思いがしました。


2月14日の夕方5時少し前、塩谷小学校に着きました。すると、なんと、
雪あかり会場に伊藤整文学碑が出現しているではありませんか!

小樽雪あかりの路は、私にとっても今年で11回めになりますが、
ああ、今年も来てよかったと感激でした!


会場のたくさんのキャンドルに地元の皆さんが火をつけ始めました。
あかりがもう少し増えたら写真を撮ろうと待っていると、「よかったら
あなたも少しつけてみませんか」とチャッカマンを渡してくれました。
斜面に上って大きなハートの輪のように並んだスノーキャンドルに火を
つけていきました。

私が小樽に着いた木曜日からずっと暖かい日が続いていて、前日の夜は
ずっと雨が降っていました。この日14日の夕方も湿った雪が降り続き、
風も強くて、つけた火が長くもたず、ところどころ消えてしまいます。
すると、会場の誰かが文学碑の前を指差して、あっちみたいに雪玉で
風をよければいいと提案しました。

それで、また斜面を登って、スノーキャンドルの中のろうそくの位置をチェック
して、チャッカマンの先が入るくらいに雪玉をくっつけて、あとでそのすき間を
ふさぐための雪玉を作って足元に用意しておいて、火がついたら急いで残りの
雪玉をくっつける...。 懐かしかった!

2004年の第6回の時に、2日間だけでしたが、私は手宮線会場でボランティア
に参加しました。その時も雪と風が強く、自分の担当のエリアを見回って、消えて
いるろうそくに火をつけていくのが私の役割でした。一度消えてずっとほうって
おいたろうそくは、バーナーを使ってもなかなかつきません。やっと火がついて
その隣りのろうそくにとりかかると、今つけたばかりの火がもう消えています。
泣きたい思いでもう一度戻って、今度はろうそくの位置をもっと奥に移したり、
まわりをガードする工夫をして、ひとつ終わり... 。

その時の手の感覚が、突然、はっきりともどってきました。

そんな感激を感じながら斜面を下りると、私に声をかけてくださった方がいま
した。その方は、塩谷中学校の校長先生でした。
雪あかりの準備のこと、私の住む松戸のことなどをお話することができました。

楽しみにしていた塩谷会場の雪あかりを見ることができただけではなくて、
少しだけあかりに参加できたり、素晴らしい出会いがありました。

雪あかりのキャンドルの美しい光景の記憶はやがて少しづつ薄れていって、
パソコンに保存した画像でたどることになるかもしれません。でも、こうした
ほんのわずかな時間の出来事や出会いの記憶は、ずっと薄れることはありません。
私の今までの11年を振りかえって、本当にそう思います。

   ☆


スノーキャンドルの斜面と、文学碑の前の私です。文学碑のほうは、
塩谷中の杉山校長先生がメールで送ってくださいました。
(大きな画像をいただきましたが、恥ずかしいので縮小しました。)

上の最初の画像はケータイで写して送信したものですが、デジカメの画像も
追加します。(クリックすると大きな画像が開きます。
大きな画像の上でもう一度クリックすると元にもどります。)





     ☆

塩谷中の杉山校長先生にメールで画像のお礼をお伝えしたら、再びメールを
いただきました。
今日、塩谷中の朝会で、私との出会いのことを話してくださったそうです!

塩谷の皆さん、杉山先生、本当にありがとうございました。

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2006-12-17 (日曜日)

塩谷の伊藤整文学碑へ



一度見てみたいと思っていた伊藤整文学碑の前に立つことができました。

 


中学生の頃、学年雑誌の読書案内に『若い詩人の肖像』が載っていました。
十四、五歳の私は、その作家が小樽という街にゆかりの人であることも、
最初の詩集の名前も知りませんでした。

それから数十年後。 私は何度か小樽の街を訪ねるようになって、
そして、塩谷のこの碑の前にやって来ました。 思えば、不思議です。

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2006-12-15 (金曜日)

突然、北ホテル。(小樽迎浜館)

伊藤整文学碑を目指して、
教えてもらった方角に歩いて行くと、
向こうにいつか見た建物が。

  あっ、北ホテル!

 
ブログを始めて間もない頃、塩谷の迎浜館とドラマ『北ホテル』が話題になって、
いつか塩谷に行く機会があったら北ホテルを訪ねてみたい、と思っていました。

でも、この日の朝、運河の宿を出た時には、文学碑のことしか頭になかったので、
突然目の前に出現した感じです!
(やはり、十三夜の夜更かしのせいで頭がぼぉーっとしていたんですね。)




文学碑の前に、ここでお昼にしました。
シーフードのパスタ、絶品でした。

中の様子は、フロントもレストランも支配人室も『火曜サスペンス劇場』のとおりで
嬉しくなりました。(当然か....。(^.^)

食事が済んで、「写真撮ってもいいですか?」と聞くと、
「写してあげますよ」と言ってくれました。 カメラを渡して
テーブルに戻ると、「古谷さんと一緒がいいですよ。」

...というわけで『北ホテル』の支配人(のポスター)と一緒に
写してもらった私の画像です。
(クリックしても、大きくなりません。)

 

迎浜館の横から、文学碑に向かいました。



今年3月に放送された「北ホテル3」に、
雪あかりの路のシーンが出てきました。
火曜サスペンスの続編がないのは残念ですが、
来年の雪あかりの路は、NHKドラマのロケがありますね。

リンクです。
北ホテル 小樽迎浜館

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2006-12-10 (日曜日)

塩谷の浜辺



長橋から先、バスの窓からずっと秋色の斜面の林が見えて、
早春か新緑の頃もきっといいな、と思いました。

バスの終点は、塩谷海岸。

運転手さんに文学碑への道を教えていただいてから、
塩谷の浜辺を歩いてみました。

 
ここに来る途中、両国という蕎麦屋さんの大きな建物が見えました。
帰りにこの辺でバスを降りてお昼を食べてもいいな...と、その時は
考えていました。

(あとで知ったのですが、「両国」は奥沢の籔半水木さんの
 ゆかりのお店なんですね。)

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