「伍助沢分教場」のタグがある記事は 2 件です。(コメントの内容も反映しています。)

2009-12-16 (水曜日)

竹田保弘先生の『ゴロダの丘-文学碑に関する資料集-』

講演会資料に続いて、12月5日に、塩谷中の校長先生から
『ゴロダの丘-文学碑に関する資料集-』が届きました。
講演会の講師をされた塩谷の竹田保弘先生が今年11月15日に
発行されたものでした。



資料集はA3版30ページ以上にわたる膨大なもので、全部読みきれないままでは
失礼と思いましたが、とりあえずお礼を兼ねて少し書いてみます。


資料の中には、伊藤整自身が文学碑のために書いた最初の原稿や、碑の
デザインの希望を伝えた手紙も収録されていました。また、文学碑完成の
時の様子や、現在の場所に移設された時の新聞記事も読むことができました。

今、竹田先生がお住まいの場所は、かつて伊藤整の父昌整が自分たち
家族が住む計画で買い求めた土地だったことも書かれていて、
『「人生は深き縁の不思議な出合いだ」(坂村真民)』と書き添えられていました。

     ☆

資料が届いた日に、google で「塩谷 竹田保弘さん」と検索したら、
2つみつかりました。(その後、現在はこのブログも出てきます。)

そのうちのひとつは、小樽市のホームページでした。
  おたる文学散歩 第1話 伍助沢分教場跡(伊藤整)

今年9月8日、道道956号小樽環状線を歩いて塩谷中学校を訪ねた途中で
みつけた、あの「塩谷小学校伍助沢分教場跡」の標柱を再建されたのが、
竹田先生でした。

検索でヒットしたもうひとつの記事は、asahi.com マイタイウン北海道の
『丘の碑、作家と友の記憶』でした。

今は asahi.com のサイトにその記事はありませんが、google のキャッシュを
開いたら、まさに、この資料集の発行を伝える記事でした。
そして、発行日の今年11月15日は、伊藤整没後40年の命日なのでした。

     ☆

竹田先生に資料集のお礼と少し自己紹介の手紙をお送りしたところ、
一昨日、ひと足早いクリスマスプレゼントのような嬉しいお返事を
いただきました。竹田先生、どうもありがとうございました。

Permalink / コメント (0) / トラックバック (0) / 小樽へ

2009-10-02 (金曜日)

小樽環状線を行く (2) 伍助沢分教場跡

右側の歩道を快適に歩いていて、反対側の道路脇に立っていたこの標柱を
あわや見逃してしまうところでした。

こちら側からも「伊藤整」「坂西志保」の文字が見えました。


  塩谷小学校伍助沢分教場跡の標柱でした。 気がついてよかった!

 
今年8月、hkotswさんが from OTARU に、『人名が付いてる沢』 のタイトルで、
「朝里の文治沢がありますが、塩谷には伍助沢と寅吉沢があります」 と
書き込んでくれました。(from OTARU No.1764

私が「伍助沢」の地名を聞いたのはその時が初めてでした。

ネットで「伍助沢」を検索して、リンクをたどると、伊藤整の父が教え、
坂西志保が学んだのが伍助沢分教場だったことを知りました。

     ☆

8月10日、すてきな空間・すてきな時間: 石山町を歩く のコメントで、hhkotsw さんから
「ちなみに、伍助沢は天狗山から入った方が近いので、徒歩はかなりきついかも
知れませんよ」
と教えていただいた時は、黙ってるのが大変でした。(^^;)


実は、6月の小樽滞在の後で、次の機会には是非塩谷を訪ねたいと考えていました。


前に伊藤整文学碑を見に行った時は、往復ともバスでした。それで、今度は環状線を歩いて
行ってみよう... ストリートビューを見てみたら、両側にずっと歩道があって歩きやすいし...
当日天気が良かったら歩こう.... と、コースを考えたのが8月初めだったのです。

     ☆

先日、伊藤整に関する素晴らしい資料をいただきましたので、分教場のことは、あとで
もう一度触れる機会があります。

Permalink / コメント (0) / トラックバック (0) / 小樽へ

索引(タグ一覧)

Copyright © 2005-2015 s.fujino All Rights Reserved.